扼腕の男 前編

 午前7時11分、男は再び単身で総武本線の一号車に乗り込んでいた。

 また懲りもなく女を買おうとせんと新大久保駅に向けて阿呆特有の無鉄砲な行動力を遺憾無く発揮していたのだ。

 詳細は前回書いたものと重なるため省くが、今回は以前の反省も踏まえ予め連絡先の交換も行い、近所の薬局で片っ端から精力剤を買い漁り、2週間の禁欲生活と連日の有酸素運動で万全のコンディションを期し、爪を深爪寸前まで切っては磨き、鼻から下に生えた毛という毛はなるべく剃刀で削ぎ落とした。

 また、再三「一回で終わりなんてことないですよね?二回目以降はお金要らなくて何度でも果ててよろしいのですよね?」と問い質している。そして確かに彼女からの言質は取った状態で臨んだのだ。

 千葉駅から総武線快速に乗り換える。この時鉄道のシステムを理解しておらず目に付いた車両に乗るとそれがグリーン車。820円の損失を蒙る羽目になる。30分ほどで錦糸町駅に到着。ここから三鷹行きの総武線に新宿まで乗ればいい訳だ。ワイヤレスイヤホンでJ-POPを聞きながら電車に乗り込む。

 しばらくして。電車は西船橋駅に差し掛かっていた。慌てて車両を降り慌ただしく乗換案内のアプリを開く。乗る車両は間違っていなかったが方向を間違えた。このままでは千葉に逆戻りするところだったのだ。

 「電車乗り違えました、少し予定と遅れます」
 とだけ彼女のLINEに伝え改めて東京メトロ東西線快速で高田馬場へ向かう。この時時刻は午前10時。待ち合わせの時刻は午前11時であり元々かなりの余裕があった。

 私は自分が極度の方向音痴であることを自覚していたため予め予定に大幅に余裕を持たせていた。それでも本当に乗り違えた時は相当焦ったものだ。
高田馬場から山手線で一駅移動し遂に新大久保へ。時刻は10時27分。大幅に余裕がある。

 ここで彼女からLINEが。

 「ごめんなさい、時間遅れるかも。近くのゲームセンターの前で待っててもらえる?」

 これ以上待たせると言うのか。内心僅かばかりに苛立ちが芽生えたものの私はあくまでお願いした立場である。大人しくゲームセンターでクレーンゲームを楽しむ女子高生を眺めながら暇を潰した。

 11時20分に差し掛かる頃やっと声がかかる。
 Twitter上の見た目はスレンダーボディでYシャツの似合う綺麗な人であったが、実際にそこにあったのはアイシャドウも濃く化粧っ気の強い如何にも売笑婦然とした鞠のような身体つきの女性が立っていた。事前の写真との共通点が性別と身長くらいしかない。

 それでも「まぁ胸は大きいし、何とかなるか……」と思いそのままホテルへ。当然だが代金は私持ちだ。
 ホテルにつき代金の2万円を支払う。この時彼女が交通費だの何だのと追加料金をゴネてきた。遅れてきた癖に何を偉そうなとは思ったが仕方がない。貧乏学生で何とかバイトしてお金を用意したのだ。無いものはないと言って何とか千円で我慢してもらう。ちなみに前回はこれで3万円近く合計で取られている。

 そしてシャワーを浴びベッドへ誘われる。シャワーから出た時には既に明かりは僅かなものだけになっていて、(電気を付けた状態でという希望は果たされなかった)服を脱いだ彼女を見て私のモノはさらにやる気をなくしていった。

 いいだろうか。

 「胸の大きい女性」はいい。

 しかし、「胸「も」大きい女性」はよくないのである。

 だいたい巨乳好きな人は身体のバランスがスタイル良く取れていることを無意識のうちに前提条件としている。そうでなければ皆大相撲を見て欲情するようになっているだろう。つまりそういうことだ。

 ぶよぶよになった腹をだらしなく垂らした彼女は私の元へ歩み寄り、徐に唾液を私のモノへ垂らし大雑把に扱き始めた。

 何しろ2週間溜め込んだ上薬まで服用しているのである。いくら相手が相手であろうとも健気にモノは隆起していった。

 ある程度まで膨れ上がるとゴムを取り出し付け始める。そして彼女は自ら四つん這いになり挿入をねだった。

 ちなみにここまでの経過時間僅か4分足らずである。

 その手の漫画や動画を見たことがある諸君はだいたいそういうことをする際には双方で口吸いを行ったりだとか乳房を外側から力を入れないような細心の注意を払って慈しむように揉みしだくだとか、愛液の滴る陰部を指でなぞり擦るように愛撫するだとか、そういったある程度の手続きを踏んでからその行為に至るものだと学んできたはずだ。それが義務教育というものだ。

 しかし、それが今回は完全に省かれた。

 はい横になってねー、適当にしごいてあげるからおっきくしてねー、はいゴムつけるねー、

 これでは文字通り立つ瀬がないというもの。
 しかし文句を言っても仕方がない。今あるカードで戦う他ないのである。
 チープな音を立てて腰を彼女に打ち付ける。特に気持ちいいだとかそういった感情はない。なんなら最近買った5200円のオナホールの方が気持ちいいかもしれない。生身の人間と違い乱暴にしても問題ないのだから。人間をオナホ扱いするとフェミニストに非難されるがオナホをオナホ扱いしても何ら問題はない。そんな雑念を持つことも無くその脂肪の塊でしかない臀部を揉みながら奥へと突き動かす。

 しばらくして登り詰める感覚が訪れ、果てた。

 余韻すら与えてくれずに彼女がモノを引き抜く。そしてそのままシャワーを浴びると「寒いから」と言ってすぐに去ってしまった。私は「あ…………はい………………」としか言えなかった。

 言いようのない悔しさを胸に抱きながらトランクスを履き、ホテルをチェックアウトする。

 そのまま私は近くの中華料理屋に飛び込み炒飯を食べた。空腹を満たすと気持ちもやや晴れ、間抜けらしいポジティブ思考を発揮し彼女の顔も殆ど忘れかけていた。少なくとも記憶だけで肖像画を描けと言われても出来ない程度には。

 そして電車で千葉まで戻り駅を降りる。

 自分にはこれしか信じられるものはない、金と力さえあればここは自分を受け入れてくれるのだ。そう呟いて彼は雀荘のビルの階段を駆け上った。

 後編へ続く